缶詰が呼んだ記憶

昭和初期


北海道は小樽市オタモイに

巨大リゾート施設「オタモイ遊園地」と

その中核施設「竜宮閣」が存在したのを

ご存じだろうか。


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その姿が存在していたのはわずか17年ほど。


1952(昭和27年)、大火事により焼失し

劇的な終焉を遂げた地上の竜宮城「竜宮閣」については

今もなお謎が多い。


現在、海岸の竜宮閣などがあった場所は

のちに遊歩道が整備されていたものの

落石が相次ぎ2006年から遊歩道は閉鎖され

立ち入り禁止区域となっている。


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かつて一世を風靡した

断崖に建つ高級料亭の竜宮閣や

演芸場などが集積する小樽有数の人気行楽地の廃墟跡。


そのロマンに胸を膨らませた僕らは

すぐに調査に向かうことにした。


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海岸沿いは当時のままなのだろう

まるで絵に描いた鬼ヶ島だった。


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砂浜を歩いていると

崖下には波に打ち上げられたペットボトルや空き缶が転がり

どこか不気味な荒涼感が漂っていた。


夕日が海に沈む光を反射し

眩しさに目を細めたとき

砂の中から鈍い光が跳ね返ってきた。


光の元凶は底の錆びた缶詰だった。

砂の中から引き抜いて指で砂を払うと

色褪せたラベルにスライスされた肉のイラストが

ぼんやりと浮かび上がった。


そのイラストを目にした瞬間

背筋に冷たいものが駆け抜け

僕の意識は中学三年の夏休みに引き戻された。


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────最後の夏休み

僕はクラスメイト二人と三人で
郊外の漁師町へキャンプに出かけた。

人気のない浜辺にテントを張り、焚き火を囲む。
日が落ちてくると三人は太平洋に向かって竿を振った。


暗闇が迫り、海面に星が滲む。

不意に沖合に泡立つ波紋が広がった。


一隻の船が音もなく沖を横切っていったのだ。


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地元の漁師の船だと思った。


暗い海岸に子供だけでいるところを大人に見られると

怒られると思った僕は存在をできるだけ小さくした。


うまくやり過ごした僕は

餌を新しいものに付け替えて

再び太平洋へと竿を振った。


竿先を見ていると、二つの影が迫ってくる気配を感じた。

離れた場所で釣りをしていた友人二人が戻ってきたのだ。


次の瞬間、僕の口に冷たい手が押し当てられた。

「コエヲダスナ」────そう聞こえた

鋭い目が意味を伝えた。


強い力でそのまま後ろへ押し倒され

後頭部に鈍い痛みが走った。


もがいた僕の視界の中に二人の影が映る。

アジア系の男と、屈強な白人の男だった。

必死に叫ぶも、砂が喉に入り込み

精一杯の声は海風に消えた。


白人が僕の両手首を押さえつける。

そこにアジア系が手錠を掛けようとしてきた。


その時


「でかいの逃したわ!」

  

遠くで釣りをしていた友人二人が戻ってきたのだ。


アジア系が低いトーンでなにかを呟くと

白人は僕を引き起こした。


友人二人は状況をみてなにかを察したのか

持っていた竿とバケツを無言で地面に置いた。


彼らは無言で手を下ろし

僕ら三人を焚き火の前に座らせた。


パチパチと燃える炭火の音。

か弱い蚊の鳴き声。


沈黙を破るようにアジア系が

袋の中から人数分の缶詰を取り出し

それを錆びた缶切りで乱暴に開けると

僕らに中身を差し出してきた。


 「……クエ」


油と鉄錆の臭いが鼻を突いた。

象形文字が書き記された缶の中には

白濁した脂に沈む灰色の肉片。

肉らしきイラストが描かれているが

魚かもしれないし、そうでないかもしれない。


吐き気をこらえ

僕らは押し付けられるようにそれを口に運んだ。

舌にこびりつく塩辛さと腐臭のような苦み。

胃が拒絶しそうになりながらも無理やり飲み込んだ。

吐けば何をされるか分からなかったから。


彼らも無表情で同じものを食べていた。


白人は終始無言で僕らを監視し続けた。

その瞳の奥には、冷たい計算だけが宿っていた。


「ニホン、ハヤスミナノカ?」

「デンシャ、アルカ?」

「キチ、ヒトドレクライイル?」

「オンガク、ナニ、ハヤッテル?」


アジア系の男が片言の日本語で問いかけてくる。


僕が曖昧に答えるたび

ロシア人がメモ帳に書きつける。


食べ終えると、二人は濡れたジャージを脱ぎ捨て

袋からシャツとジャケットを取り出して着替えた。

革靴の光沢が闇に浮かび上がった。


漁師でも漂流者でもない。


最初から、別の目的を持っていたのだ。 

子供の僕らでも

その背後に“組織”があることは理解できた。


「ワタシニアッタコト、シャベルナ。アナタ、シヌ」


声は低く、石のように重かった。

二人は音もなく闇に消えていった。




──あれから40年


今ならわかる。あのラベルの文字は象形文字なんかではない。


ハングル文字


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あの夜、友人たちがすぐに駆け戻らなければ

僕はいまこの国にいなかっただろう。


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────足元の砂の中で

またひとつ缶詰の底が光を弾いた。




「そろそろ帰るかい?」


そうだな...


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沈みゆくオタモイ海岸の西日をみて

引き抜いた缶詰を思い出とともに元に戻した。




口の奥に、あのときの錆びついた肉の味が蘇る。

油の臭気と、吐き気を堪えたときの喉の痛みと一緒に。


あの夜の食事は

生き残るための「休止符」だったのだ。



なぜ僕は連れて行かれなかったのか。

人数が多かったからか。子供すぎたからか。

それとも、ただ気まぐれだったのか。



もしも、ひとつでも違っていたなら...





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