彼女の表情からは
苦笑いと憎悪が滲み出ていた
寿司屋時代の後輩からLINEがあり
久しぶりに会いにきたK美
ところが、意気揚々と扉を開くと
そこには忌み嫌うあのSちゃんがいたのだ
瞬きをするたびに
目を見開いたK美が
スローモーションで接近してくる
生涯忘れることはないだろう
「Sちゃんなんでいるのよ!」
からの掴み合い
会ってくれないから
寿司職人を使って呼び出したと
勘違いしたK美
もしそうだとすれば
大変姑息な手口なのだが
残念ながら
大変姑息な手口だらけだった
その中から真実を探る作業は
いうならばウォーリーを探せである
いくら文字媒体とて
壮絶なそのやりとりはあえて割愛させてもらおう
世の中には知らない方がいいこともあるだろう
何分が経過しただろうか
僕ら2人と
寿司職人の間に鎮座するK美
マスターが苦虫を噛み潰したような顔で
「まぁ、飲み直そうか...」
と、なにも注文していないK美の前に
ワイングラスのお化けみたいなものを置くと
中で怪しい液体が左右に踊った
胸倉を掴まれて
散々振り回されたSちゃんが
口火を切る
「ちがうんだ、本当に好きなんだK美が...」
本心なんだろうが
冗談のトーンとの違いが僕にはわからなかった
「もういいって、わかったから。
あなたと話しても無駄ということがわかりました」
彼女も落ち着いた声色になっていた
ここが最後のチャンスと思ったのか
Sちゃんによる
人生においてどれほどK美が必要なのかという
弁論大会がはじまった
マスターは僕らの前から離れて
寿司職人の彼に別の話題を投げた
マスターなりの気遣いだったのだろう
自分のことしか考えられない
幼稚な人とは関わりたくないという
彼女の真っ当な意見
僕に弁護の余地があるわけもないのに
いちいち
「そうなんだってアキラくん」
(いいから...)
「なんか言ってやってアキラくん」
(いいから...)
スマホを見るふりしてその場を濁す僕
そこでまたSちゃん
あの手この手で
言い回しを変えれば
どうにかなると思ったのか
それは誤解だとか
すれ違いだとか
俺はもう変わったとか
俺のこと半分もまだ知らないよとか
鍵束の鍵を片っ端から鍵穴に挿して
どれかひとつでもうっかり開けばいい
と思ったのだろうが
本当に信頼があって惚れられていれば
心ひとつでその『錠』は開かれるはずだ
彼には『情』がなかったということか
シーンと静まり返っていた
あれ?話が終わったのかと
Sちゃんを見ると
真正面を向いたまま何かを考えていた
揺るぎない顔だ
過去を振り返って
心の底から反省したのだろう
今まで見たことのない真剣な眼差し
男はこうやって成長するのだろう
「アキラくん...」
ごくっと固唾を飲む僕
間にマスターが入ってくる
「Sちゃんなんか飲んだ方がいい
テキーラ2つね」
僕のもかよ...
さすがのSちゃんも相当落ち込んだようだ
登場人物全員が仲直りなど絶対に
しないとわかっていた
マスターも酔ってきたのか
次第に飲ませる事しかしなくなっていた
K美といえば寿司職人の彼と
仕事の話で熱くなっている
「だからその体制はかわらないんだって!」
「いや、だからぼくは教えてもらった事を...」
「そんな話じゃくて、根本の問題なんだって!」
「はい...確かにその通りです...」
隣は隣で別の話でヒートアップしていった
Sちゃんのことでエンジンが温まっていたからか
K美はそっちでも爆発した
突如、立ち上がるK美
「いい加減にしろよ!」
K美の雄叫び、怯える職人
悲しみに打ちひしがれていた
Sちゃんも突然立ち上がった
やめろ、これ以上は火に油だ
好きなのはわかった
でも、もう終わったんだ
やめておけ
皆がそう思った瞬間
(まさか土下座とかするわけじゃ)
「ワン!ワンワンワン!ワオォーン!」
両手を犬にみたてたSちゃんが
猛り狂うK美の顔に両手を乗せた
片方のつけまつ毛が傾いたと思ったら
K美の渾身の張り手がSの顔面を震わす
「このタイミングでなによそれ!」
ごもっともK美
「なんなのよ!なんのつもりよ!」
もはやフォローしようという馬鹿もいない
「ワンワンワン!ワォーン」
「だからなんなのよそれ!馬鹿にしてんの?」
「違うのこれゼウス!ゼウスなの!」
は?
「なによゼウスって私のことか?!」
顔の奥が熱くなった
「アキラくんの犬だよゼウスは、ねぇ?」
キッと僕を睨みつけるK美
いやっ、はあっ??
こっちが悪者になんのかよ!
迷犬ゼウス関係ないし!
「ほらほらケンカはよくありませんよ〜」
マスターがみんなの分の
ショットグラスを出してきて
見たことのない酒を注いだ
よいしょ!
全員で一気に飲み干す
はいもう一杯!
よいしょ!
はいもう一杯!
よいしょ!
幾度となく繰り返される
全員酔っ払わせてうやむやにしようという
安直な作戦に出たマスター
ところが
見るとちょっと楽しげなK美ではないか
K美の笑顔を初めて見た
マスターが僕らのところへきて小声で
「なぁSちゃん
あれだけ嫌がっていて帰らないんだぜ
本当に嫌ならとっくに帰ってるよ」
マスターもヤバい目になっていた
Sちゃんもだ、おそらく僕もだろう
K美も職人もだ
「そしたらさマスター
なんかヤバい薬品ない?酒に混ぜちゃおう」
おまえはバカなのか
「薬品なんてないよ、あったかなぁ」
おまえはバカなのか
彼女に薬飲ませてどうすんの?
「薬品じゃなくて強いお酒さ」
強いお酒は散々一気飲みしたじゃないか
アハハハハー
冗談でやっているのだろうが
皆、ヤバい目なので冗談に見えなかった
「アキラくんもワンワンとか犬のマネして
甘えたりとかするでしょ?」
アハハハハー
やっとお店らしい活気になった時
ガチャっと扉の音がして
みんなは不意にそちらを見た
見たことのない女性が入ってきた
「うそ?なんで?ちょっとまって!」
Sちゃんがあたふたして
意味のわからない事を口走ると
K美が立ち上がって
女性を睨みつけたまま
Sちゃんの顔面に酒をかけた
続く
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