その夜
僕は行きつけのバーでひとりで飲んでいた
2杯目を注文した頃
泥酔状態の男が入ってきて
ぼくの隣に座った
「日本酒ちょうだい。ビールチェイサーで」
その頼み方に他人とは思えない
シンパシーめいた何かを感じた
男はこっちを見ると唐突に
「彼女とケンカしたんだよねぇ」と言った
『言った』というよりかは
『漏れた』という感じだった
初対面にも関わらず
恥も外聞もなく喋り続ける男
彼の名前はSちゃん
同じ歳のSとは不思議と話が弾んだ
ビールチェイサーは当たり前だよねぇ
なんて盛り上がっているところに
客が入ってきた
50代の男性と若い女性だった
女性は僕らの後ろを通り過ぎる際
「なんでいるの!?」と険しい顔でSに囁き
奥のテーブル席の部屋へと消えた
今の女の子知り合い?と僕が聞くと
「今のがケンカ中の彼女さ」
えっ?いやっ?はぁ?一緒のおじさんは?
「直接は知らないけど
お金持ちの実業家って事は知ってる」
そうか、仕事絡みとかかなぁ
(そうとしか言えなかった)
聞けば、一軒目で
彼女と飲んでいるところでケンカになり
彼女が帰ってしまった
二軒目、ひとりで荒ぶれて飲みつぶれ
五時間寝てしまったのち
三軒目にこのバーに来て
隣にいたのが僕だったという事だ
一緒にいた彼女と数時間後に
別の男性といるところに鉢合わせとは
他人事だからだろうか
汚い野次馬心が芽生えはじめた
僕の中でそれを精一杯押し殺したが
まともじゃない空氣に非日常を感じて
不覚にも心躍る自分がそこにいた
Sとケンカ別れした私は
地下から5番出口の階段を駆け上がっていた
もういい、あんな男なんて
スマホが鳴った
この前のジビエの店良かったね
今ってなにしてる?
暇なら一緒に飲まない?
それは三嶋さんからのLINEだった──
僕のなかにウイスキーが染み渡ると
Sが五時間寝ている裏で起こったであろう
ありもしない架空のシーンが脳内を交錯した
Sちゃんは店主に〇〇をかけてと
リクエストをすると
店に相応しくないJ-POPが流れた
なんでこの曲リクエストしたの?
「彼女と俺の一番好きな曲なんだ」
ほう...
「彼女が曲に気付けば
俺からのメッセージだとわかるはずだ」
ほう...
・・・
第二次世界大戦の映画を思い出した
強制収容所で離れ離れになったユダヤ人夫婦
妻の好きだった曲を聴かせようと
アナウンス室に侵入し
妻に向けて勝手に曲を放送する夫
あのシーンではないか
「アキラくん...彼女曲に気づいたか見てみて」
頭を精一杯後ろに伸ばして
奥のガラス張りの空間を見た
スピーカーがその部屋にも連動されているから
曲は聞こえているはず
だがしかし
駄菓子菓子
彼女はガン無視だった
うん....気づいては..いると思うよ...
(映画のようにはならなかった)
登場する人物すべてが初対面で
誰が主人公なのかわからないSTORY
それ故に誰にも感情移入できないまま
閉店時間となった
気付けば僕ら以外の客はいなかった
Sちゃんの家は近所と聞いていた
バーを出て歩いているうちに
すぐに僕のマンションの前まできた
「うちはあそこなんだよね」
え?
Sちゃんの指を目で追うと
僕の家の真っ正面にある
徒歩1分のところにあるマンションが
Sちゃんの家だった
「あいみょんのマリーゴールドのギターを
教えて欲しいからアキラくん今うちにきて」
なにが起こっても
どんな言葉を聞いても
驚かなくなっていた
そうだね
そのままSちゃんの家に行った...
朝方、初対面の40代男2人が
部屋に転がるガットギターで
あいみょんを弾き語る
麦わらの帽子の君が
揺れたマリーゴールドに似てる
あれは空がまだ青い夏のこと
懐かしいと笑えたあの日の恋
「もう離れないで」と
泣きそうな目で見つめる君を
雲のような優しさでそっとぎゅっと
抱きしめて抱きしめて離さない
いつしかSちゃんは眠っていた
僕は彼を起こさないように家を出た
翌日、Sちゃんから
彼女と仲直りしたよーという
LINEが来ていた
それからというもの
連絡を取り合うようになった僕とS
しかし
この話には続きがあることを
その日の僕はまだ知らない
続
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