僕が19歳
食器のセールスマンだった頃のはなし
その日は
本社での全体会議があった
会議とは言うものの
各営業所ごと売り上げに関して
上層部から檄を飛ばされるという
ただただ怒られる会議だった
長い会議が終わり
全社員は個々の営業車へと荷物を積みこむ
帰りの挨拶をしていると
あまり面識のない営業所の部長が
話しかけてきた
「アキラさぁ
新人ひとりうちの営業所まで
乗せてやってくれないか?」
え?ひとり?
まぁ通り道ですし良いですよ
聞けば
営業車に食器のセットを積み込んだ事で
一人乗れなくなったという
僕と一緒に帰るはずの所長が
一週間本社に居残る事になったので
代わりにその新人さんが僕の助手席に乗った
出る間際、所長が
「アキラ気をつけて運転するんだよ」
と僕の肩を叩いた
片道4時間を
喋った事のない女性と二人きり
考えるだけでめまいがした
当時から人見知りのコミュ症だった僕
それなりに波長が合えば
他愛のない会話くらいはできるのだが
無言の車内で
互いに気を遣い合う状況となると
それこそ拷問だ
いっそのことテキーラでも一気飲みして
寝ていてくれないだろうか

重い足取りで車を発車させた
彼女は25歳
僕の6つくらい上で
品川さん[仮名]という
大人しそうな品のある人だった
品川さんは折り畳まれた紙きれを広げると
険しい顔でずっとそれを凝視している
5分もしないうちに
無言の空気に限界を感じた僕は
窓を開けて空気を入れ変えた
これが功を奏したのか
彼女が口を開いた
「あの...」
はい?
「幽霊とかUFOとかって...好きですか?」
(何言ってんだこいつ!いきなり幽霊とか)
もちろん好きです!
どうしてですか?
好きなんですか?
「いや、そういうんじゃないんですけど
見えるとか・感じるとかっていう事も
ないんですけど...興味あるっていうか..」
そうですか!
気づけば僕は
幽霊に関する専門的な話を
一時間ほどしていた
はっ!
冷静になろう
飛ばしすぎた
流石にこれは引くだろう
いきなり女性に幽霊はないよ!
ナタデココとかデズニーの話を...
いや、まてよ
そもそも向こうから幽霊とかって
言い出したんだろうよ
そうだよ
彼女も夢中になって聞いていたし
だけどさ初対面なの──
「誰と喋ってるんですか?」
あ、いや、これはその
幽体離脱のあの
むくみや腫れ、いや
オムレツのアレが...
…
ふたたび硬い空気が車内に張り詰めた
「あの...プロレスとか好きですか?」
え?ぷろれす?
裸の大人がロープに振られたら
弾かれて戻ってくるって
あのプロレスのことですよね?
「はい..」
(何言ってんだこいついきなりプロレスとか)
めちゃくちゃ好きですよ!
品川さんも好きなんですか?
「詳しくはないんですけど...
ちょっと興味あって...」
そうなんだ!
気づけば僕は
プロレスに関する専門的な話を
一時間ほどしていた
はっ!
冷静になろう
飛ばしすぎた
流石にこれは引くだろう
いきなり女性に猪木イズムはないよ!
前田VSアンドレのお蔵入り映像とか
ブルーザー・ブロディがプロモーターの
ホセ・ゴンザレスと口論になり
ドレッシングルームで刺殺された話とか
パンナコッタとかデズニーの話を...
いや、まてよ
そもそも向こうからプロレスとか
言い出したんだろうよ
そうだよ
彼女も夢中になって聞いていたし
だけどさ初対面なの──
「誰と喋ってるんですか?」
あ、いや、これはその
幽体離脱ダイエットと
死後硬直ストレッチの成れの果て
砂漠です!ここは砂漠なんです!
いかんせん昼と夜の温度差が激しいのです!
…
ふたたび硬い空気が車内に張り詰めた
「あの...ヘビーメタルとか好きですか?」
え?ヘビーメタル?音楽の?
大の大人が口から血を吐き出したり
リムジンの後部をジャグジーに改造して
金髪の姉ちゃん両手にはべらせる
あのヘビーメタルのことですか?
「はい..」
(何言ってんだこいついきなりメタルとか)
めちゃくちゃ好きだよ!
品川っちも好きなの?
「詳しくはないんですけど...
ちょっと興味あって...」
そうなんだ!
気づけば僕は
ヘビーメタルに関する専門的な話を
一時間ほどしていた
はっ!
冷静になろう
飛ばしすぎた
流石にこれは引くだろう
いきなり女性に
イングヴェイ・マルムスティーンはないよ
ジューダスプリーストが悪魔崇拝で
裁判沙汰になった時ボーカルの
ロブ・ハルフォードは居眠りしていたとか
ロニー・ジェイムズ・ディオの本名とか
小枝ちゃんハウスとかデズニーの話を...
いや、まてよ
そもそも向こうからメタルとか
言い出したんだろうよ
そうだよ
彼女も夢中になって聞いていたし
だけどさ初対面なの──
「誰と喋ってるんですか?」
あ、いや、これはその
っていうか品川っち...
僕と趣味あうね!

「はい!」
それからというもの
到着するまで残された時間を
僕と品川っちは互いの好きな事を話し合った
彼女とはことごとく趣味嗜好や
食べ物の好みまでもが一致した
こんな事なんてあるだろうか
こんなに楽しく女性と会話したことなんて
それまでの人生でなかった
「送ってくれてありがとう
またアキラっちの話聞かせてね」
彼女は営業所に入っていった
僕の中で二つの塊が左右から集まってきて
中央で並んだ
ん?
結婚
品川っちと話した内容を思い返しながら
ライチポケットシティの営業所へ戻った
一週間後
所長が本社から帰ってきた
朝一で顔を合わせると
たった一週間だったのに
ずっと会っていなかったみたいで
少し照れ臭かった
「アキラどうだった?」
え?なにが?
「品川さん乗せてきたんでしょ」
あぁ、なんかあの人...
運命を感じましたね
「どんな?」
自分ってもの凄いマニアックで
一般的に女の子なんて
話についてこれないじゃないですか
っていうか引くじゃないですか?
でも
品川っちは
僕の中にある僕を形成する全部を
愛していた人だったんですよ
だからこれは結婚か!
って直感したんですよ
「ほぅ、そうか、それはよかった」
え?それはよかった?
所長がこのトーンで喋る時は
良くない話の時と決まっていた
「本社で車に乗る前に品川さんに
メモを渡したんだよ」
え?メモ?
もしや...あの紙切れ
「長距離移動する時
アキラって喋らなかったら運転中に寝るから
このメモに書いたトークテーマを
話してあげてって言ったの」
えー!所長ひでぇ!
「だって、そうでもしないと
アキラあの人と乗ってたら絶対寝るもん」
なんだって!
でも仮にそうだとしても
話に乗ってきたって事は事実なんだから
興味はあったという事で
「それも全部指示だしたの!
アキラのすべて知ってる俺って逆にヤバくね?」
そうだったのかよ...
最新の眠気覚ましかよ...

僕の『運命の人』は
無事に帰るための
『運営の人』だったようだ
この記事へのコメント