小学1年生の頃のはなし
ある日の給食時間
クラスの女の子が
テレビに出ている人は
テレビを観ている人の事が
画面越しで見えるんだよ!と言い放った
その発言には
クラス全体がざわついた
女の子の言い分は
テレビという
ガラス一枚を隔てた【箱】の中で
ミニチュアの人たちが
お喋りや歌や演劇的なドラマを
演じているという事だった
今思うと
子供らしい素敵な想像力だと思う
担任の先生も
『夢があるなぁ』と思ったのか
特別それを否定も肯定もすることなく
ニコニコと女の子の話を聞いていた
僕は、窓際の能天気なアサガオを見ながら
壊滅的な不味さのおかずを
なんて言い訳をして残すかを考えていた
ぬるい牛乳を一気に飲み干した時
前席のU君という男の子が振り返って
「君、知っているか?」と僕に言った
あまり喋ったことのない子が
突然、話しかけてきたものだから
よほどの用件なんだと思い
僕は身を乗り出した
え、なんのはなし?
「みんな笑ってるけどさ...
僕は知ってるんだよ」
ずいぶんと大人びた口調だった
普段から無口のU君が
喋るところを初めて見た気がした
彼はキョロキョロと辺りを見回すと
急に小声になった
「実は、テレビの中から出演者は...
ちょっとだけ見えてるんだよ──」
は?
「でも、ちょっとだけだぞ!」
え?ちょっと?
U君のヒソヒソの語気は徐々に強くなる
「そのかわり収録とか再放送のはダメだ
生放送だとちょっとだけ見えるんだ」
[ちょっと]の意味がわからなかった
時間的な短さのちょっとなのか
視野の狭さのちょっとなのか
へぇ、そうなんだ...
この言葉以外に返す日本語を
まだ僕は持ち合わせていなかった
(今も)
「そう、でもこの事は絶対に誰にも言うなよ」
う、うん
(仮に言って良いとして誰に言ったらよいのだ)
不思議ポイント
・裏側から視聴者が見えることをなぜ知っているのか
・声をひそめて言わなければならない極秘情報なのか
・どうして友達でもない僕に打ち明けたのか
ここで生まれたひとつの仮説
U君はテレビの中の人間と
なにかしらのやりとりをしたのでは?
という説
テレビに出たことのないU君が
出演者から視聴者が見えていると
確信できたということは
視聴者であったU君と出演者の誰かと
なにかしらの
『やりとり』があったということだ
じゃなければ
視聴者側から『向こうから見えている』
という確証にはならない
そして、そのやりとりを
出演者から口外しないよう口止めされたのだ
そう考えると
素っ頓狂だった話が
急激に整合性が取れて真実味を帯び始めた
ただ、そんな極秘情報を
なぜ僕に言わなければならなかったのか
そこだけが謎だ
チャイムの音と共に
クラスの生徒たちは給食係の元へ
食器を片付けるのに立ち上がった
僕はそのどさくさに紛れて
壊滅的な不味さのおかずを
アサガオの隙間から
開け放たれた窓の外へ放った
時は経ち
僕は25歳になった
幼馴染の悪友シンヤと
居酒屋で酒を飲んでいると
学生時代の話になった
中学3年の頃は受験勉強を放棄して
夜な夜なクラスの女子と酒飲んでいたシンヤ
「その頃アキラと同じクラスだったら
一緒に酒飲んでいただろうね」
きっとそうだったな
「そういえばU君わかる?」
U君わかるよ
小学1年と2年の時だけ同じクラスで
それ以降は喋ったことないね
分厚いメガネしか覚えてないな
「あいつ昔から根暗だったでしょ?
でも喋ったら面白いやつでさ」
そうなんだ
「俺が女子達と酒飲んでるのを知ったU君がさ
シンヤはいいな女子と夜遊びなんて
俺なんて勉強しか脳がないからさ
っていつも言ってた」
いつか学力で見返してやるってタイプか
「そう、俺もそれっきり喋ってないんだけど」
で、U君はその後どうなったの?
「風の噂ではいい大学でて──」
え?
今なんて言った?
「東京のTV局に入ったって」
え!
TV局に【入った】??
なんてこった!
奴の言ってたことは
本当だったのかよ
お待たせしました
愛想のない若い店員が
僕らのテーブルに料理を置いた
こんなの頼んだか?
首を振るシンヤ
見るとそれは
アサガオの隙間から捨てた
あの『おかず』と瓜二つだった
televisionと契約した男は箱の中へ帰る
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