朝
騒がしい気配とともに目が開いた
迷犬ゼウスのしわざだ
散歩に連れて行けと
催促をはじめたのだ
毎朝のルーティンってやつ
冬は冷え込むからか
夏よりも催促する時間は早く
アピールも過激化する
眠たい目をこすりながら外へ出た
吐く息がとても白い
昨夜に積もった雪が
除雪作業車によって
綺麗に削り取られていた
ん??
車道の真ん中に
キラリと光るものが見える
近寄るとそれは
なんと
出刃包丁!
なんで?
真冬の『野外』で使うものとは
到底思えなくて
いやな違和感だけが脳内を駆け巡る
犯罪の匂いしかしない
本来であればそんなの
【触らぬ神に祟りなし】なのだが
車の往来が多く
歩行者や犬の散歩
ソリに乗せたお子様連れが
行き交う道だ
今まさに
車が一台通ればパンクは確定だろう
その場しのぎと
路肩目掛けて優しくそして強く蹴ると
それはシャーっと氷上を滑ったのち
道路の脇で止まった
とりあえずこれでいいだろう
散歩を再開しよう
まてよ...
(路肩とはいえ誰か怪我するかもな)
良心が後ろ髪を引いた
戻ってそれを手に取ってみると
想像よりもずっしりしていて
刃に血痕などはなかった
周囲を見渡すと
除雪された雪が電信柱の周囲に盛られていた
(ここで良いか)
雪山の高い部分へ包丁を放ると
自重でスッと内部へと消えた
なにかがどこまでも腑に落ちないまま
奥歯に出刃包丁という
『ニラ』が挟まったままの僕は
そそくさと散歩を終わらせて家に入った
ニラは舌でどれだけなぞっても
取れることはなかった
朝食を食べ終わるころ
迷犬ゼウスが
ふたたび飛び上がり
僕に両手を掛けてきた
(これはトイレに行きたい合図)
さっき、散歩に行ったばかりじゃないか
どうしてまた行きたがるのか...
そうか
冬に限ってよくある事なのだ
やむを得ず上着を着込んで
ふたたび外に出た
いつもの場所でゼウスが用を足している
さっきの電信柱のふもとの雪山が見えた
(やっぱりあそこだってまずいよな)
雪山へ近づくと
綺麗な雪肌に縦長の跡が見えた
慎重に手を入れると
木の取っ手に触れた
気分は暗黒の助産婦だ
掴んで安全を確認すると
ゆっくりと引き上げた
思い返すと
蹴って路肩へ飛ばしたのち
雪山へ放った運命の凶器
どうして僕は
こんな物騒なものを握り
大型犬を連れているのかと思うと
途端にニヤけてきた
陸サーファーならぬ陸板前だ
どんな絵面だよ...
そもそも板前って陸に──
その時
前方から通行人が向かってきていた
瞬時に刃先をひっくり返して
僕は『なにも持ってません』を熱演
すると
背後からも気配を感じ
振り返ると
僕が刃物をひっくり返して
凶器を隠している裏側からの
狂気ドキュメンタリーを
目の当たりにしたおばさんが
僕の脇を通り過ぎる
おばさんの目線が
1手の先
2僕の顔
3大型犬
という
まるで自動車学校においての
1ルームミラー
2バックミラー
3目視
の手順を
指でさしながら行う
18歳の気になるあの子のアレである

マジックショーの裏側部分を
貴婦人に
理不尽に
見られてしまった
おばさんの後ろ姿が小さくなっていく
目撃者は消さないと!
ちょっとまて!
ちょっとまて!
うん
なにも悪いことしてないの僕
そうだ
まずは人目についちゃダメだ
我に帰ると
周囲は歩行者で溢れかえっていた
みんな僕を見ているようにしか思えない
穴があったら入りたくなった僕は
咄嗟にマンションとマンションとの
細い隙間に入った
プロパンガスのボンベをかわして
奥の突き当たりまできた
そう
僕が住んでいる部屋の外だ
ブロック塀がある
え?ブロック塀?
いいよそんなの!
いまそれ言ってもだれもわかんないよ!

そう
僕が住んでいる部屋の窓から
見えるブロック塀がある
幅10センチくらいの
その塀の上にも雪が積もっている
ここなら誰も怪我することはないし
部屋からも確認できるし
みつかることもないだろう
誰かに見られていないかを確認して
ブロック塀に積もった雪の中へと
それを挿した
雪はとても冷たかった
そうだ
雪が溶けるころに
処分したっていいし
いやいや
むしろ
いっそのこと
いますぐ身を隠したら?
雪が溶ける春までに
海外にだって逃げられるだろうよ
え?
なんの話だ
僕は何も悪いことなんて──
待って!
さっきまで窓から確認できた
塀の上のブツが...
今みると無いではないか!
誰が?まさか?
気づけば僕は
一心不乱にバッグへ着替えを詰めていた
ピンポーン
誰だ?!
こんな時間に来客なんて...
恐る恐るモニターを見ると
心臓が口から飛び出しそうになったが
すぐに元に戻った
なにもなかったように
落ち着いて落ち着いて
ゆっくりと深呼吸をした
はい...
「なんで来たかわかりますよね?」
頭の中が真っ白くなった
今朝の雪のように
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皆の衆
また逢う日まであばよ
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