幼稚園児の頃
サランラップが好きだった
見た目の透明感もさることながら
手触りや伸びやかな質感
その全てが好きだった
サランラップと言っても
どれでも良いわけではない
家庭用の伸びない
サラサラのラップではダメだ
スーパーで売られている
惣菜なんかを発泡皿ごと巻きあげた
業務用のラップだけを愛した
最初の出逢いは
『おはぎ』が、だんご三兄弟よろしく兄弟船よろしく
三つ並んでラッピングされていたものだった
忘れもしない
あの日
家族の誰かがおはぎ三兄弟を食いつくし
一番楽しみにしていた僕が発見したときには
発泡皿とラップの残骸だけだった
今だったらDNA鑑定で
犯人を特定できただろう
悔しさの果てに
あんこが残ったラップを口にする僕
すると、甘いあんこの味とともにおはぎの記憶が
古いフィルムのように口内再生されるではないか
寒さに凍え
最後のマッチを擦った少女のようだ
職人さんの手で愛でられるおはぎ
パートのおばちゃんの駄話を聞きながら
発泡皿に並べられるおはぎ
たくさんの人たちに見られて緊張気味のおはぎ
うちの母親にカゴに放り込まれるおはぎ
走馬灯のように脳内を駆け巡った
ふと我に帰った僕は
ラップに舌を押し当てて
風船ガムの要領で大きな風船を作っていた
それはそれは甘くて切ない
おはぎバルーンだった
おはぎバルーンを見て
愛しさと切なさと心強さが混ざり合い
いてもたってもいられなくなった僕は
思いっきりバルーンを叩き潰してしまった
初期衝動というやつだ
パチーンと弾けて消えたバルーン
パチーノと弾けて消えたデニーロ
その爽快感たるや
如何とも形容し難い
芸術家が完成したばかりの作品を
滅茶苦茶にぶっ壊すアレそのものだった
今だったら死体損壊で
僕も逮捕されていたであろう
今じゃなくてもだよ
(ちびまる子ちゃんのナレーション)
それからというもの
発泡皿のラップを見つけては
大きなバルーンを叩き潰すという
日々に明け暮れた
バルーンの大きさも
破裂音の大きさも
格段に成長していった
そんなある日
祖父が危篤!直ちに病院に集合せよ!
という連絡が入り
家族は父の実家へと急行することになった
途中、寄ったスーパーで
母は果物やそれを切る果物ナイフ
(僕はそれを柿の種と呼んでいた)
それからおはぎ三兄弟を買って
病院へ向かった
病院到着
──祖父は意識がないと聞いていたが
僕らが来たことに気づいたように見えた
母が果物を切り、父が祖父へと声をかける
丸い椅子に座り足をぶらぶらさせる僕
読めないアナログ時計の針がとても長く見えた
兄弟みんなで声をかけても祖父の返答はなく
果物を食べることはなかった
家族が果物とおはぎを完食した頃
窓に映る夕日はおちかけていた
今日は一度帰るか、もうちょっと様子をみるか
どうしようかと、父が話していると
病室に先生が入ってきた
二言、三言なにかを囁くと
大人たちは病室から外へ出ていった
深刻な話があるのだろう
姉と兄は飲み物を買いに
一階の自販機コーナーに行ってしまった
独りぼっちになった僕は...
なんとこんな時に
おはぎの残骸から
過去に見たことのない超巨大バルーンを
生み出すことに成功してしまった
不謹慎極まりない
球体に映る僕の瞳
一本しかない前歯
小さく切り取られた空の模様
圧しつけられたような静けさ
熱の出そうな身体の疲れ
深呼吸して目を開いた
パン!
西陽の奥に鳥たちが飛び立つ音
微動だにしなかった祖父が
ビクん!と宙に浮いた
えええええ!
大人たちが戻ってきた
罪悪感に苛まれた僕は
しらばっくれてその場で寝たふりをした
そして
いつしか眠りについてしまった…
気がつくと
僕は車の後部座席で寝ていた
病院で寝てしまった僕を
父が抱きかかえて車に乗せたようだ
その夜
父の実家の布団の中で
僕がじいちゃんを殺したんじゃないか
僕がじいちゃんを殺したんじゃないか
呪詛のように繰り返した
これは墓場まで持っていこう....
いやぁ?はぁっ?
誰が?誰の墓場?
お前の墓じゃなかったとしたら
明日あたりだぞ!
その辺からの記憶が曖昧だ
すぐに葬儀があって
あっという間に祖父は
お墓に入ったというのは覚えている
誰にも言えない秘密
心にしまった巨大バルーンの残骸
幼心に大きな風穴があいた
──それから数年が経ち
前歯が生えそろったころ
家族で食事中ひょんなことから祖父の話になった
僕は意を決してバルーン大爆発の話を打ち明けた
すると
そのとき祖父は意識がなくて
話しかけても答えられる状態じゃなかったのだから
それが死の引き金になるわけがないと言われた
それも
亡くなったのは
病院に見舞いに行った二日後だと聞いて
肩の荷が降りた
いまだに思い出したくもない
心霊現象なんかよりもっと恐ろしい
ラップ音だった
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