目が覚めて夢だと知った
その夜も僕ら二人は
悪い男たちに拉致されて
殺される寸前のところで脱走した
命からがら逃げ込んだ先は
奴の妹が勤務しているという病院だった
裏口からこっそり忍び入ったにも関わらず
奴は看護師の詰所へと堂々と入っていった
女性が出てきた
あれが妹なのだろう
喋っている内容は聞こえなかったが
明らかに迷惑そうだった
妹がなにかを奴に手渡したその時
ドカドカと男たちの足音が響き渡り
ぼくらは目についた部屋に入りカーテンに隠れた
息を殺し耳を傾けていると
何を思ったのか
奴はカーテンから外へ出た
「殺されるぞ」
引き戻そうと腕を掴むと
一言だけ「黒のマーチ」と囁き
車の鍵を僕に手渡して消えた
奴の目は死神に取り憑かれていた

死神は繊細な女性だと思った
根拠はない
このままここにいてもすぐに捕まるだろう
僕は恐る恐るカーテンから出ると
朝焼けが静かに空を染めていた
窓を開けて外へ飛び降りると
思いのほか高さがあって僕は足首をくじいた
足を引きずりながら駐車場を回ると
これと思しき黒い車を見つけた
鍵のボタンを押すと
カシャっと開錠音がしてハザードランプが点滅した
それに気づいたのか
男たちの足音は外へ飛び出した
僕はシートへ滑り込み
エンジンを始動させた
一度バックで出てギアをドライブに入れると
バックミラーに男たちが映った
「止まれ」とリアウインドウを叩く男
アクセルをベタ踏みした
横から男が飛び出してきて
ボンネットの上に飛びついてくる
急ハンドルで敷地を出ると
男は弧を描いて地面へ落ちた
犬のぬいぐるみがダッシュボードを転がり
それを払い除けた
駐車場を出て全開で加速すると
バックミラーの男たちは小さくなった
ほっと胸を撫で下ろすと
横からトレーラーが飛び出してきて
僕が急ブレーキを踏む前に
マーチはトレーラーのコンテナに突っ込んで止まった
トレーラーの運転席から巨漢が降りてきた
グニャグニャになったドアの隙間から
大きな手で僕を掴み引きずりだした
男には耳がなかった
ここで目覚めた
夢だけに
この後どうなったのかを知る術はない
ただ
かつて悪友が
二度と仕返ししてこないようにと
包丁で耳を削いだ大男の話を
していたのを覚えている
これは夢の話ではない
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