気付けば深夜だった
現実なのか夢なのかがわからずに
慌てふためいた
20年くらい前に交流があった人間が
ベッドに横たわる自分を囲んでいるのだから
僕は死んだのだろう
悲しそうな顔で僕を見ているのだが
ひとりたりとも名前が浮かび上がってこない
視界が蒼みを帯びている
「今日はブロッコリー食べてないよ」と
愛おしい女性の声が天井から囁くのだが
顔が見えない
食べなかったから死んだのだと悟った
ブロッコリーの姿かたちを思い浮かべれば
見たことのあるおばさんが
今度うちに食べにおいでと
優しいようなどこか脅迫じみた表情で
圧力をかけてきた
見たことのあるおばさんの顔は
大きな鳥だった
懐かしいチャイムの音が
最後の放課後を告げると
学生服を着た僕らは
気怠そうな解放感と共に
学校の敷地から外に出る
仲の良かった奴らに
最後の別れを告げる事も無く
ひとりで歩を進め
生暖かいトンネルをくぐると
春休みが終わり
新たに進学する学校の教室で
説明を受ける事になった
講師がブロッコリーを運んできた
僕はまたあのベッドに横たわっていた
学校なんて無かった
親が行かせてくれなかったから
僕を囲んでいた人々は
安堵の表情を見せた
僕の心肺機能が完全停止したことで
皆は安心した様子で
ぞろぞろと帰っていった
彼らの後ろ姿をみると
皆、学生服を着ていて
花束を持っていた
卒業式の帰りのようだ
僕への花束だと思い込んでいたので
一気に恥ずかしさが込み上げて
ひとりニヤニヤとしてしまい
誰にも見られていないかと周囲を見渡すと
うちの犬や鳥たちが無表情で僕を見ていた
とっくの前に死んでしまっていた
犬や鳥の姿を思い出して一人泣いた
頬を伝う涙が冷たかったのは
涙のせいではなく
深い深海に沈んでいく途中だったからだ
身寄りも知人もいない僕は
老いぼれた体を自然に預けて
深く暗い闇に身を任せた
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