「もう夏休みも終わるね」
「宿題なんて全くやってねーや。タケシはもう終わってるんだろ?」
「うん、終業式終わってすぐ全部やったからね。アキオはなんでも後回しにするからさ。そんな生き方って大変だろ?」
2人は屋根の上に腰掛けて、スイカのタネを下の花畑に飛ばし合っていた。
「あのさ...アキオ..お前あの子とどうなったんだよ?」
・・・
「いや...隣の屋根に飛び移った事あるか?」
・・・
「屋根?なに訳わかんねぇ事言ってんのよ。やっぱりフラれたんだな、嫌われてもあきらめないのがアキオ..とか自分で言ってたけど、どうなんだ?」
タケシの言葉を遮って立ち上がり
「優等生のスーパー小学生タケシくんは隣の屋根に飛び移った事あるんですか??」
「な、ないよ、そんな事したらやばいだろ?今、この瞬間だって、そこの窓から見られていたら怒られるかもしれないんだ。昼間だから、おばさんいると思うし恐そうなオヤジも帰ってきてるかもしれない。」
「テストはいつも100点、マラソン大会はいつも1位の君が出来ないですって??」
「それ関係ないだろ」
「めんどくせぇタケシ。よ〜く見とけよ!」
食べかけのスイカを全力で投げ捨て、アキオは助走をつけて跳ぶと、隣の屋根に勢いよく着地した。
「ばかやろう!もどってこい!!」
振り返るアキオは悪びれることもなく、ズルい顔でニッコリと笑い「今戻るからな」と、また勢いをつけてはピョンと戻ってきた。
「よし、次タケシの番な。」
「イヤだよ。っていうかさ、ここ俺のおばあちゃんの家だからな。悪い事したら怒られるの俺だからな。」
「おいタケシ!隣の家なんか光ってるぞ。」
隣の開けっ放しの窓から覗く規則正しいリズムは、眩い光となって2人を照射した。
「やべぇぞ、誰かいる!」
「大丈夫だ、よく見てみろ。ピエロみたいな人形が右に左に回転しているだろ?それが反射してるだけだって。」
「なんだ、小細工かよ。驚かせやがって、この滑稽な道化が!!よし、こうなったら何軒先まで行けるかチャレンジだ!」
「やめろって。ケガしたらどうするんだよ、裸足だし!」
「決めたんだ。俺はあいつの事を諦めない...」
「何言ってんだお前。おい、やめろ!!」
何かを決心したアキオは一呼吸置くと、縛られていたものから解放されたように走り出した。
隣の屋根から隣の屋根へとリズミカルに、そして忍者のように足音を殺して突き進む。
直射日光でジリジリと焼けたトタンが、大人になろうとするまだ幼い足の裏を焼く。
タケシの不穏な表情が、どんどん小さくなっていくアキオの後ろ姿に映る。
四軒先まで行った頃、
どこからか「コラー!!」という怒号が響き渡った。
アキオは一目散に走る
次の屋根へ
アキオは一心不乱に跳ぶ
次の屋根へ
心臓の重低音と闇雲にダンダン走る足音のアンサンブルが全身を駆け巡り、
地上に降りるまでの最短距離だけを藁をも掴む思いで探った。
アキオは立ち止まった。
次の家に...屋根が無いのだ。
近眼用の眼鏡からギッと睨みつけた壁は情け容赦なく立ちはだかり、
アキオは魂をヘシ折られたまま行き止まりの断崖絶壁で舌打ちした。
なんて言っているかわからない怒号が追ってくる。
タケシの姿がもう無い事を確認し、
この怒号が自分だけに向けられている事を確信した。
来た道を戻ると途中で捕まってしまうかもしれない。
逃げ切れたとして、タケシが待つ家の窓から中に入るところを見られると僕らが誰なのかを特定されてしまう...
心臓のバクバクする音がさらに思考を撹乱させる。
進むしかない
パッと周囲を見渡すと今立っている家屋の敷地内に物置小屋のようなものを見つけた。
怒鳴り声が複数の音に聞こえ、追っ手が数人に増えている事を知る。
あの物置小屋の屋根に一度飛び降り、そこから地面に飛び降りれば、いくら裸足とはいえ大怪我には至らないだろう。
追っ手の怒号の輪郭が明確になってきた。
アキオはありったけの力を振り絞って、物置小屋の屋根へと飛んだ。
右足から着地、その勢いで左足から地面に降りようとするも全身に痛みが走る。
火傷にも似た痛み。
「熱い!!」
置かれている状況にやっと脳がついてくる。
曇る眼鏡を直す。湯煙の隙間から目の前に人がいる事に気付いてハッとすると、その影はクルッとこっちを振り返った。全裸で背中を洗う見知らぬオヤジが、
「何やってんの??」
屋根を突き破って風呂に落ちたのだと理解したアキオは「すいません!」と一言吐き、ジャバジャバと湯船から外に出て引き戸を開けてペタペタと外を走った。
追っ手に捕まる、逃げなきゃ。
トタンの角でカラダのあちこちが切れたようだ。全身がヒリヒリしていた。
足の裏も血だらけで、細かい砂利が無数に刺さっている。
おばあちゃんが好きだったゴマ団子を思い出した。アキオは走った。
ややしばらくして、ドラム缶に囲まれた場所まで無事に着いた。2人が『隠れ家』と呼んでいた場所だった。
タケシがいた。
「おぉ無事だったか?俺もアキオがもしも捕まった時に家にいたらヤバいからさ、ここに逃げてきて待ってたよ。」
「ああ...あの後よく覚えてないんだけど...どっかの屋根突き破ってさ..風呂に落ちたんだよ。」
「ほんとか!お前最高ウケるな相変わらず。カメラ回しときゃ良かったな、まるで映画だよ!」
「それで、怒鳴ってた大人はどうなった??」
「わからねぇ、まだその辺にいると思う。」
「しばらくここにいよう。」
「そうだな...」
2人はしばらくその狭い空間で、夢中になって見た映画の話や、クラスの女の子の話、2人の将来の話に熱くなり、気づいたときには外は真っ暗になっていた。
「もう大丈夫そうだな。そろそろ帰らないと。」
「....なぁアキオ」
「うん?」
「俺さ....転校するんだわ...」
「え?」
「父親の仕事の関係とじいちゃんとばあちゃんの問題があってさ、急に引っ越す事になったんだ。もうちょっと早くからわかってたんだけど、言うタイミングが見つからなくてな...」
「......そっか」
「ずっと一緒にいられると思ったんだけどな。夏休み明けて始業式からは向こうの学校なんだ。急だったんだけど。」
「そうか...」
肩を落とすアキオ、次の言葉が出てこないタケシ。
タケシの母親の声。息子を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
「おい、探しているよ。行かなきゃ心配してるかもな。もうこんな真っ暗だもん。」
「じゃあアキオ、俺行かなきゃ。」
「なあ、おい、靴下と靴は返してもらうよ。」
「おお、そうだった!まだ裸足、っていうか服ビチャビチャだったんだもんな。今持ってくるから待ってろ。」
小走りでタケシが戻ってきた。
「ほら、靴。バスタオルとか着替え貸してやりたいんだけど、うちの親に今日の事バレちまうからさ。」
「うん、大丈夫だ。ありがとう、本当に最後だな。」
「ああ、これがホントの最後だ。」
「うん、絶対また会おうな!年賀状とか書くし。」
「おう、年賀状出すからな。」
2人は強く抱き合った。
「お前の体つめてーな。この滑稽な道化が!!」
「ははは、またな...」
「かならず、夢はかなえるぞ。」
「ああ、かならずな」
「約束だ!!」
がっちりと強い握手を交わした。
それが2人の最後の会話。
18年後
作家「高松健志」著『屋根の上の道化師』
が大藪春彦賞を受賞。
ベストセラー小説となり
映画監督 鬼才「大沢アキオ」がメガホンを取り映画化。
映画『屋根の上のピエロ』は空前の大ヒットとなった。
2人は現在、大阪で、理想のエンターテイメントを実現させる為の会社を経営しているという。
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この滑稽な道化師が!!
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